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大阪地方裁判所 昭和40年(ヨ)4834号 判決

申請人 中村小四郎

右訴訟代理人弁護士 小林保夫

同 東中光雄

同 石川元也

同 三好泰祐

被申請人 福田交通株式会社

右代表者 沖本実

右訴訟代理人弁護士 山口伸六

主文

被申請人は申請人を被申請人の従業員として取扱い、且つ申請人に対し昭和四一年六月二一日以降一ヶ月金四三、〇六二円の割合による金員を毎月二七日限り支払え。

申請人のその余

の申請はこれを却下する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

申請代理人らは「被申請人は申請人を被申請人の従業員として取扱い且つ昭和四〇年一〇月一日以降毎月二七日限り一ヶ月四四、〇四〇円の割合による金員を支払え、」との判決を求め、被申請代理人は「本件仮処分申請を却下する、」との判決を求めた。

第二申請の理由

一、被申請人会社(以下単に会社という。)は従業員約一三〇名営業用自動車五二台を擁して旅客運送業を営み、申請人は、昭和四〇年八月四日臨時に会社に雇われ、同年九月二日試採用となり、後記解雇の意思表示を受けるまで運転手として勤務し月額四四、〇四〇円の平均賃金を毎月二七日限り支払われていた。ところで右試採用は就業規則にいう臨時雇とは異なり、従来の慣例により認められたものである。この点につき詳述すれば就業規則四五条、四六条は新規採用につき臨時雇なる形式を規定し、この規定によれば臨時雇の期間は二ヶ月で、その経過と共に雇傭を解くのを原則とし、成績良好なる者に限り本人の希望により所定の手続を経て本採用することになっている。しかし従来右の規定は事実上行われず、新規採用者は一ヶ月の試用期間を経た後自動的に本採用になるのが慣例で、その実態は所謂試採用に該るものであり、申請人はこの慣例に従って試採用となったものである。

二、会社は同年同月三〇日申請人に対し解雇の意思表示をなした。

三、しかしながら、右解雇の意思表示(以下単に本件解雇という。)は次のいずれの理由によっても無効である。

(一)、就業規則違反並びに解雇権の濫用

会社従業員は就業規則により懲戒処分として解雇される場合の外意に反して解雇されないことを保障されており、この規則は試採用者にも適用さるべきである。ただ試採用は勤務成績勤務態度等につき運転手としての適格性の有無を確かめることを主たる目的として設けられた制度であるから試採用者においてかかる適格性を欠く場合には解雇されることもあり得る。以上の規準に従えば申請人を解雇しうるのは懲戒解雇事由のある場合か、適格性を欠く場合に限られることとなるが、申請人には右いずれの事由も存在しない。

すなわち、会社は申請人が前勤務先である商都交通株式会社(以下単に商都交通という)において運転手として残した一乗務当り運賃収入(以下通称に従い水揚高という)実績の過少を以て解雇の事由とするけれども、かりに前勤務先の成績が現勤務先における適格性判定の資料となることを是認しても、申請人の右商都交通における水揚高の額は昭和三六年五月二〇日から同三九年一一月一九日までの間平均九、〇四一円を示しており、この額は同社の全従業員の平均水揚高である八、六七二円をはるかに上廻るものである。もっとも同三九年六月から同四〇年五月までの水揚高は会社が主張する通り平均八、一七〇円で右全従業員の平均額を下廻っているがこれは申請人がその頃組合活動に多くの時間をとられていたことによるものであって、その能力、熱意が他に劣ることを示すものではない。以上の事実と申請人の会社における水揚高が同四〇年九月二日から同月三〇日までの間平均一〇、四四〇円で後記会社が主張する全従業員の平均水揚高を上廻っている事実とを総合すれば申請人が運転手としての適格性を欠くものでないこと及び就業規則七七条一五号の懲戒解雇事由に該当する事実の存在しないことは明白である。よって本件解雇は懲戒解雇事由がないのに敢てこれをなした点において就業規則に違反し、適格性があるにもかかわらずこれを欠くことを理由とする点において解雇権の濫用である。

(二)、不当労働行為

本件解雇は申請人が将来会社において活発な組合活動を行うことを防止する意図のもとに行われたもので労働組合法第七条第一号所定の不当労働行為に当る。右意図の存在は

(イ) 申請外大三興業株式会社(以下単に大三興業という。)は会社の資本系列下にあって同種の事業を営み、役員並びに営業所、車庫、従業員宿舎等の施設を会社と共通にし、これと一体視される関係にあるものであるが、同社にある二つの労働組合のうち、申請外久礼保雄の指導する大三興業労働組合(以下単に大三労組という)は組合員の生活と権利を守るため日常果敢な斗争を展開し同年八月中旬頃賃下問題をめぐって争議を行った。これによりさき会社の労働組合である申請外福田交通従業員組合(以下単に福田労組という)も亦低劣な労働条件の改善を要求して同年七月一五日頃組合結成以来はじめてのストライキを行っており、このような情勢下にあって、本件解雇当時会社幹部は組合対策に腐心するのあまり、組合活動家に対し異常に警戒的となっていた。

(ロ) 申請人は商都交通に在職中(自昭和三六年五月至同四〇年六月)同社の労働組合(商都交通従業員組合。以下単に商都労組という)に加入し、同三七年頃より積極的に組合活動を行い、同三九年二月頃執行委員に選任され同時に渉外部長、食堂管理委員、中立ハイタク懇談会世話人等の役職を兼ねて春斗を指導し、同四〇年二月右執行委員等の役職を辞し、以後退職まで統制委員の地位にあったものであるが、会社に雇われた後も前記久礼保雄と親交を結ぶほか同年八月一一日福田労組の大会席上積極的に発言し注目を浴びた。以上の事実中、商都交通における組合活動に関する部分は申請人が会社に雇われた後秘密調査機関である「大調」の調査報告によりいち早く会社の知るところとなった。

(ハ) 会社は昭和四〇年九月一六日、申請人に対し解雇の意思表示をしたが後これを撤回し、改めて本件解雇をした。右二回の解雇を通じその理由として示されたものは専ら商都交通における組合活動に限られ水揚高の点については何らふれるところがなかった。右水揚高に関する主張は本件仮処分申請後においてはじめてなされたものである。

以上の各事実を総合すれば容易に認められるところである。要するに本件解雇は組合を敵視し、組合活動家を嫌忌する会社が組合活動の前歴を有し、危険人物と目される久礼保雄の影響下にある申請人を排除することによって会社内における組合運動の活発化を未然に防止する目的でなされたもので、適格性云々の如きは右の目的を隠蔽するため捏造した単なる口実に過ぎない。

(三)  労働基準法違反申請人は前記のとおり昭和四〇年九月二日試採用となり本件解雇当時すでに一四日を超えて引続き使用されていたにもかかわらず解雇の予告も、予告手当の支給も受けていない。よって本件解雇は労働基準法第二〇条に違反する。

四、本件解雇は右三、に陳べた理由により無効である。そうだとすると、申請人は従来の慣例により昭和四〇年九月二日から一ヶ月を経過すると共に自動的に本採用になったことになる。一歩を譲って就業規則に定められた臨時雇の期間をこれに適用しても二ヶ月の経過と共に本採用になったことになる。そこで、会社が予備的に主張する昭和四一年四月一一日予告手当の提供により仮りに労働基準法違反の点は治癒されたとしても、予告手続の追完による解雇の効力は過去に遡るものではないから申請人が既に取得した右本採用者としての地位に消長を来すものではなく、右予備的解雇は本採用者に対するものとしてその当否が判定されなければならない。その結果解雇の要件は試採用者に対するのと比べ、一層厳格となり、就業規則に規定した事由がある場合でなければ許されないこととなるのであるが、右の事由の存しないことはいうまでもないから、右予備的解雇の無効は、本件解雇における以上に明白である。

五、申請人は会社に対し本件解雇の無効確認並びに賃金支払を訴求しようとするものであるが同人は扶養すべき妻及び子供一人をかかえ資産もなければ別途収入の途もないので、今直ちに会社から、賃金の支払を受けなければ忽ち生計に窮することになる。よって本件仮処分の必要がある。

第三、被申請人の答弁

一、申請の理由一について

申請人は昭和四〇年八月四日以降会社に勤務したが、当初は同人の希望により所謂日雇の形をとり運賃収入の三三パーセントを報酬として受取っていた。この間における申請人と会社との関係は請負乃至委任に類似するもので正しい意味での雇傭関係は発生していなかったのであるが、同年九月二日改めて雇傭契約を結んだ。右雇傭の形態は就業規則四五条による臨時雇であって申請人が主張するような試採用ではない。そして右臨時雇の期間申請人が受け取った平均賃金の額は一日一、二二九円である。

申請人主張事実中、右の主張に反する部分を否認し、その余を認める。

二、申請の理由二について

申請人主張事実を認める。但し解雇の意思表示をしたのは昭和四〇年九月二九日である。

三、(一) 申請の理由三の(一)について

会社が申請人を解雇したのは次の事由による。すなわち申請人が前勤務先である商都交通において、昭和三九年六月から同四〇年五月までの間に挙げた水揚高は平均八、一七〇円であって同社全従業員の平均水揚高である九、〇四〇円を下廻り、これを会社全従業員の平均水揚高である一〇、〇二〇円に比較すれば著しく過少である。このことはこの間における同人の出勤率が良好であったことと対照すれば勤務時間中における同人の怠惰不熱心を端的に物語るものであって、会社における臨時雇期間中の水揚成績が良好であったという事実も右の判定を左右するものではない。右怠惰不熱心であるという事実は就業規則七七条一五号に懲戒解雇の事由として掲げられた「他と比較して営業成績並びに能率特に不良のとき」に当り、又申請人が会社に対し右の事実を秘したことは同条一〇号の定める懲戒解雇事由である「経歴を詐りその他不正なる方法を用いて雇入れられそれが発覚したとき」に当る。他方今日の不況下においてタクシー業者が企業を維持するためには優秀運転手の採用、不良運転手の淘汰を不可欠の要件とすることはいうまでもない。そこで会社は右規則に則り申請人を解雇したのであって、就業規則に違反するものでもなければ、解雇権の濫用でもない。

(二) 申請の理由三の(二)について

本件解雇の理由は右(一)に陳べた通りであって申請人が主張するような不純な動機に基くものではない。殊に大三労組の活動と会社とは全然無関係であり、又申請人の商都交通における組合活動は会社の知らないところであるからこれらの事実と本件解雇とを結びつけ、不当労働行為意思の存在を推断することは牽強付会の譏りを免れない。そもそも会社は真面目な組合活動家を歓迎することを基本態度としているのであって、申請人が主張するように組合を敵視し、組合活動家を嫌悪した事実はない。なお申請人主張(ハ)の事実を否認する。

(三) 申請の理由三の(三)について

申請人主張事実中、解雇の予告をせず予告手当を支払わなかったことを認める。しかし右の手続は申請人が試採用者であることを前提として要求せられるものであり、本件解雇がその前提を欠くことは前記一、において陳べた通りであるから労働基準法二〇条違反の問題は起らない。しかのみならず会社は臨時雇にも予告制度が適用される場合のあることをおもんばかり(もっとも臨時雇の始期が申請人主張の如くであるならば就業規則四五条により同年一〇月一日を以て当然雇傭契約は終了するから予告手続をとる必要はないのであるが)昭和四一年四月一一日申請人に対し予告手当の提供をしたから、かりに本件解雇が労働基準法二〇条に違反するため即時に効力を生じなかったとしても、右同日において効力を生じたものである。

以上の次第であるから本件解雇は無効ではない。

四、申請の理由五について

申請人主張事実中申請人に妻子があることは認めるが、仮処分の必要性は否認する。申請人は本件解雇後失業保険金一〇七、一〇〇円の支払を受けた外昭和四一年二月六日以降今日まで引続き申請外日の出交通株式会社にタクシー運転手として勤務し同社から賃金の支払を受けており(その額は同年六月二〇日まで合計二一四、一六四円である)この状態は今後も続くものと思われるから、今直ちに会社から賃金支払を受ける必要はなく、かりに必要があるとしてもその額は右申請外会社における勤務が副業的なものでないことに鑑み、これによって得る収入を控除した額を超えるべきでない。

第四、疏明≪省略≫

理由

一、申請人が昭和四〇年八月四日以降会社に雇われ、タクシー運転の業務に従事していたところ同年九月三〇日(会社の主張では同月二九日)本件解雇の通告を受けたことは当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫を総合すれば、申請人は当時失業保険金給付を受けるための待機期間中であり、その名で雇傭契約を結ぶことを不利とした関係で、同年九月一日まで表面上日雇の形をとり、賃金として水揚高の三三パーセントを支給されていたが、同月二日以降申請人の名で臨時雇傭契約を結び固定給の支給を受けるようになったことが認められるが、右申請人の雇入れは、日雇の形をとった当初から一時的な労働力の補充を目的とするものでなく、将来正式に採用することを予定したものであったことは、右各疎明資料によって認められる雇入れ前後のいきさつや、≪証拠省略≫により会社が右雇入れ後間もなく申請人の身元調査を行った事実が認められることに徴し明白である。

そして又、≪証拠省略≫を総合すれば、当時会社においては新規採用者につき一ヶ月の試用期間をおいた後おおむね自動的に正式採用する慣行があったことがうかがわれるのであって(本件解雇後会社と福田労組との間に結ばれた労働協約が期間を一ヶ月とする試採用の制度を規定したことが、右久礼証言により認められるが、この規定は右慣行を明文化したものと考えられ、このことは右慣行の存在を裏づけるものである)、この認定に従えば≪証拠省略≫により認められる就業規則四五条、四六条の規定(新規採用者を臨時雇とし、二ヶ月の経過により雇傭契約は自然消滅するのを原則とし、成績良好な者に限り、改めて詮衡及び健康診断の手続を経て正式採用する)は事実上行われないか、もしくは修正した形で行われていたものといわねばならない。

右の事実に徴すれば申請人は最初から特別の事情のない限り試用期間経過後正式に採用されることを前提として雇入れられたものと解すべきで、その雇傭の実態は、日雇臨時雇等の名称にかかわらず所謂試採用であったと考えられる。

三、前記就業規則はその七七条に懲戒解雇事由を列挙する外従業員の解雇について何らの規定をもうけず、本件全疎明資料によるも、解雇に関し、他に準則の存することを認め得ない。このような場合右規則が妥当性を有する限り、懲戒解雇事由のある従業員を解雇しうること勿論であるが、そうでなくとも他に解雇を相当とする合理的な理由があればこれを解雇しうることは雇傭契約の本来の性質上当然である。これを裏から見れば従業員を解雇しうるのは懲戒解雇事由がある場合か、その他の合理的な理由がある場合に限られることとなるが、試採用者については制度の本質上右合理的な理由の範囲が拡大され、単に従業員としての適格性を欠くことも亦解雇事由の一に加えられることは申請人が正当に指摘する通りである。

以上の見地から本件解雇の当否につき審案するのに、会社は解雇の理由として申請人の前勤務先である商都交通における勤務成績の不良を挙げる。

なるほど昭和三九年六月から同四〇年五月迄の間の申請人の同社における平均水揚高は八、一七〇円であること当事者間に争なく、これを右とほぼ同期間における同社全従業員の平均水揚高の額として会社が主張する九、〇四〇円(この額については当事者間に争があるが、かりに会社の主張をそのまま認めるとして)に比べ幾分少いことが認められるけれども、その差は一割にも達しないから、この一事をもって申請人の運転手としての能力熱意を決定的に否定し去る根拠とはなし得ない(もっとも会社における全従業員の右期間における平均水揚高が一〇、〇二〇円であることは当事者間に争なく、この額に比べれば申請人の右水揚高は相当低いことになるけれども、商都交通と会社とでは勤務の条件を異にするので、右会社の水揚高を比較の対照とすることは妥当でない。)果せるかな≪証拠省略≫によれば会社は昭和四〇年九月一日以前において申請人の商都交通における勤務成績が標準以下であったことを知っていたものと推認されるにもかかわらず、同日何の故障もなく前記の如く雇傭形態を日雇から通常のそれに改めているのであって、このことは申請人の商都交通における不成績を会社自身致命的なものとは考えず、試用期間中の成績如何により採否を決定する方針をとっていたことを示すものである。

そこで申請人の会社における勤務成績が問題となるのであるが、この間における同人の水揚高は昭和四〇年八月四日以降同月三〇日迄一〇、八四〇円(この額は成立に争のない乙一九号証により認められる)、同年九月二日以降同月二〇日迄一〇、四四〇円(その額にについては争がない)であって前記会社全従業員の平均額を上廻っていることが認められる。

以上の事実を総合して申請人に対する正しい処遇を想定するならば、商都交通における成績不良にもかかわらず、その程度が軽少であることと、会社における成績が良好であることとにかんがみ、一応これを適格者として取扱い試用期間の経過と共に正式に採用することが、会社の右当初の方針にも適い従来の慣行にも合致する所以であると考える。しかるに事ここに出でず、たやすく申請人を解雇した会社の措置は前説示の合理的理由を欠き、解雇権を濫用したものといわざるを得ない。よって本件解雇は無効である。

なお会社が主張する就業規則七七条一五号、一〇号適用の当否については右認定によりその不当性が自ら結論づけられるので特に問題とする余地はなく、又本件解雇が合理的理由を欠くこと右認定の如くであるならば当然解雇の真の理由をめぐり不当労働行為の成否の問題が浮び上ってくるけれども、この点については既に本件解雇が無効であることを認定した以上改めて判断する実益はない。労働基準法違反の点も右と同様である。

四、本件解雇が無効だとすれば申請人は依然会社従業員たる地位を有することになり、当然賃金の支払を受ける権利を有する。ところで申請人が賃金労働者であり会社から得る賃金を唯一の生計の資として自己及び家族を養ってきたことは争のないところであるから、賃金支払を停止されることにより、忽ち生活に窮することは自明の理である。故に本件解雇の無効が一応認められる以上、即時会社に対し賃金の支払を命ずる必要があることはいうまでもない。問題は解雇の時期と本決定の時期との間にかなりの時間が経過しており、その間申請人が後記の如く他で収入を得ている関係上その事実を無視し解雇の時に遡って賃金全額の支払を命じ得るかの点である。このような場合労働者が有する賃金請求権の範囲については説の分れるところであるが事仮処分に関する限り同制度は右権利の存否範囲を終局的に確定することを目的とするものではなく、労働者が直面する経済上の破滅を一時回避することを目的とするものであるから、支払を命ずる賃金の範囲は右の目的を達するに必要な限度にとどまるべきことは言をまたないところであって、このように考えれば、右の場合過去に遡って賃金の支払を命ずることは異例としなければならない。これを本件について見るのに、≪証拠省略≫によれば申請人は本件解雇後会社主張の失業保険金の給付を受けていることが認められ、又昭和四一年二月六日以降申請外日の出交通株式会社に運転手として勤務し同年六月二〇日迄会社主張の額の賃金の支払を受けていることは申請人の明かに争わないところである。そして右保険金及び賃金の合計額はその間申請人が会社から受給すべかりし、賃金(その額は後記認定の通りである)の合計額と大差ないのであるから、本件解雇後右同日迄の生活費を本件仮処分により遡り補顛する必要は全く認められない。よって本件仮処分においては、会社に対し昭和四一年六月二一日以降の賃金支払を命ずれば足るものと考える。

五、申請人が会社から支給された賃金の額は≪証拠省略≫によると昭和四〇年九月分二九、二六四円(同月二日から同月二〇日迄一九日間)、同年一〇月分一〇、九二八円(同年九月二一日から同月二九日迄九日間)であったことが一応認められ、右事実によれば同人の平均賃金の額は一ヶ月四三、〇六二円(右受領賃金合計額に二八分の三〇を乗じて得た額、但し円未満切捨)となる。又賃金支給日が毎月二七日であったことは当事者に争がないから、会社は右四に述べたところに従い、申請人に対し昭和四一年六月二一日以降毎月二七日限り賃金として四三、〇六二円を支払わなければならない。

六、よって本件仮処分申請は申請人の従業員としての地位を仮に定め、且つ会社に対し、右五において認定した金員支払義務の履行を命ずる限度においてこれを認容し、その余を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江教夫 裁判官 小北陽三 近藤寿夫)

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